雪国のAlcohol Trap
・4・
ぱちぱち、と乾いた音がしていた。
暖炉の火が起こす熱は満遍なく広がっており、室内はとても暖かい。
白い雪はいつの間にか身近から離れ、窓の外に見えるだけ。
エイトは自分でも分からない内に、暖炉前のソファの上に居た。毛布で身体を包んだ状態でおり、火に視線を注いだままぼうっとしている。熱気のせいか、少しくらくらした。
ぱきん、と木が火の熱で弾ける音を聞く。
「目ぇ覚めたか。」
声に惹かれて顔を上げれば、見覚えのある青年が立っていた。
◇ ◇ ◇
「……ククール。」
名前を口にすれば、相手が片眉を上げて苦笑する。
「お。まともに返ったかよ。ちょっと勿体無ぇ気もするが……仕方ねーな。ははっ。」
「……? 何だよ、それ。」
「いや、コッチの話。そうだ、それよりも――ほらよ。」
すっと、目の前にカップが差し出された。
「う……酒、は……もういい……。」
条件反射か口元を押さえて顰め面になったエイトに、ククールから失笑が飛ぶ。
「馬鹿。誰が酔っ払いに酒なんか出すかよ。これはここの名産品の、普通の紅茶。二日酔いに効くんだとさ。」
「うー……じゃあ、もらう。」
ようやくカップを受け取ったエイトが口をつけるのを見ながら、ククールは隣に腰を下ろした。さらりと銀の髪が揺れ、火が放つ光を反射して僅かに赤く染まっている。
「……ったく。たまたま用事で来てみれば、どっかの馬鹿が薄着で雪ん中に棒立ちとか。しかもそれが知り合いとか、何の小芝居だっつーの。」
口を開いたククールの手には、同じ紅茶の入ったカップが同じく一つ。それを顰め面で口にしつつ、隣にしっかり聞こえる独白を零す。
「冗談にしちゃあタチ悪すぎだし、本気だったらそれこそ悪質だぜ。誰かとは言わないが……なあ? エ・イ・ト?」
「……ごめん。」
「仕事中に酒盛りとか。お前もフマジメになったよなぁ?」
「いや、あれは酒盛りじゃ、なく……て……。」
まだ酔いが残っているのか、気分が悪そうなエイトは俯き加減のままで弁解する。
「この地方の人たちは……その、酒で暖をとるのが、習慣らしくてさ。俺はそれに、付き合わされた、というか……いや、善意なんだけど……別に、自分から進んで飲んだわけ、じゃ……うぅ。」
そこで紅茶を一口飲むエイト。その様子から、強い酒だったことがありありと窺える。
ククールも何となくつられてカップに口を付け、それから溜息一つ。
「だからって、お前……いや、もう済んだことだからいいけどよ。それにしても、あんな強い酒をよく五杯も六杯も飲んだな。」
「あー……? 何、あれってそんなに?」
「知らないで飲んだのかよ。無用心つーか、お人好しっつーか……。」
呆れを通り越し、もはや感嘆したような顔をしてエイトを見つめながら、ククールは会話を繋ぐ。
「地酒ってのは、結構アルコールが強いもんなんだぜ?」
「……そうなのか? その割には匂いは良かったし、口当たりも軽かったぞ。」
「オークニスみてぇな山よりにある地方は、香草とか山で摂れるもんを使ってるからな。それでどうにかしてんだよ。」
「あー……香草とかで匂いの調整か。でも、この一帯は雪だから……栽培は厳しいんじゃ?」
「ヌーク草がきっちり育ってんだ。寒さに適したもんや品種改良とか、ザラだろ。」
「おー……成程。それで――ここの地酒って、結局どれくらいなんだ?」
「値段か? 度数か?」
「度数に決まってるだろ。」
「んー? 確か――」
ことりとカップを置いて、答える。
「六十度。」
「ぶはっ……!」
想像していた以上の数値だったらしく、エイトが飲みかけていた紅茶を噴き出した。
「うわっ! お前、人が折角淹れてやった紅茶に何してんだ!」
「げほっ、げほっ! ろ、六十!? サヴェッラの献上品でも最高四十五だぞ!?」
「貴族サマの酒と、寒冷地帯の地酒を一緒にすんなっつーの。」
「ろくじゅう……。」
道理で、さっきからなかなか体調が戻らないと思ったら。
額を抑えて唸るエイト。それを見たククールは、テーブルを拭いた布巾を脇へ退けながら笑う。
「今日はもうここに泊まりだな、エイトは。」
「……いや。俺、まだ仕事の途中だし――」
「馬鹿、止めとけ。そんな酒くさいまんまで帰ると色々やばくなるぜ?」
「げ。俺、今そんなに酒臭いのか?」
「オークニス名物の香草が混じった、六十度数の地酒だぞ? 匂いがしねぇとでも?」
「う……。」
言葉に詰まったエイトの頭を、ククールがぽんぽんと叩く。
「伝書鳩でも早馬でも出して、今日は泊まりにしろって。俺も居てやるからよ。」
「……お前、何か嬉しそうだな?」
「んー? 気のせいじゃね?」
「……はぁ。失態だ。」
だから雪国は嫌いなのだ、と。
己の迂闊さを棚に上げたエイトはその日、仕事を早引けすることにした。
それは真面目な兵士が起こした、珍しく不真面目な行動。
この後、エイトは体調不良に悩まされつつ、更なる負荷を抱えこむことになるのだが――今はまだ、そこまでの未来は読めない。
ただ酔い覚ましの紅茶を啜り、早く頭痛と吐き気が治まらないかな、と考えていた。