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Hot Limiter

・1・



「うわ、二層式だ! 二層式になってるぞククール。あっはははははは!」
「あー……うるせぇ。」
「小麦どころか、これじゃあ因幡の白兎だ。あは、あはははは!」
「あ? 何だよ、そのイナバノ何とかってのは?」
「知らないのか? 因幡の白兎ってのはな、東方の……ぶっ――あはははは! 駄目だ、説明出来ない!」
「だあああー! 人の不幸を笑うんじゃねぇよ!」
「いや、不幸というより自業自……ぶはははは!」

ここはトロデーンにある、とある兵士の自室。
ククールは上半身裸でいて、部屋にはその背中を見て笑う青年の笑い声が響いていた。
他に人が居ないせいもあってか、青年は遠慮なく大爆笑している。
日頃評判である、「涼やかな優秀兵士」はどこへやら。
涼やかどころか、優秀だと思える雰囲気は微塵も無い。

(誰だよ、「あのクールな眼差しがステキ~」とか言ったのは。今のコイツを見ろってんだ。)
ククールは、この部屋の主である青年――床を叩いて笑い転げているエイトを見ながら、ふう、と重い溜め息を吐いた。
話は、一日の始まりである午前中に遡る。


◇  ◇  ◇


日が昇るにつれて暑さを増す、この季節。
ククールはまだ心もち涼しいであろう時間帯である午前に、エイトに逢いにやって来た。
「くあー、今日も暑いな。エイトに会ったら、何か飲ませてもらうとするか。」
一人呟きながら、エイトの部屋がある城へと続く庭を歩いていた時だった。
――人の気配を感じる。
そして建物の物陰にうずくまる何かの影に気づいたところで、ククールの足が止まった。

(おいおい、こんな朝っぱらから仕事かよ。お気の毒サマだな。)
人影は俯いた状態で、黙々と日が差す中、何かしらの作業をしている。
ククールは城勤めでなくて良かったと思いながら、その「気の毒な」人間がどんな人物であるのか興味を惹かれて――半分は冷やかしで、顔を覗き込もうと首を伸ばした。
「……?」
すると、こちらに気づいたらしい相手が顔を上げたので、目がばっちり合ってしまった。

「……。」
「……。」
無言になり、ただお互いに出方を窺う。
だが、先に口を開いたのは相手のほうだった。

「……何だよ。」
「いや、何だって言うか……。」
相手はジロリとククールを睨みつけるが、気のせいかあまり覇気が感じられない。いつもの雰囲気が、どことなく――弱い、ような。

「お前、こんなところで何やってるんだよ。」
しゃがみ込んだままで話しかけてくる相手に、ククールは肩を竦めて言い返す。
「それは俺の台詞だっての。お前こそ、こんな朝っぱらから何やってんだよ?」
「見て分からないのか阿呆。」
呆れた声を出し、相手は手に持った鎌を少しだけ掲げて見せた。
ククールは鼻で笑い、答える。
「なんだ、百姓にでも転職したのか。」
「――っ!」
その答えが癪に障ったらしく、相手はざくりと鎌を地面に突き立てると、勢いよく立ち上がった。
「んなわけあるかっ! 仕事だ仕事! 草刈りをしてるんだよ、俺は……――っ」
「あ!? お、おいっ!」
百姓呼ばわりされたその相手は――「お気の毒サマ」なエイトは大きな声で叫び返し――しかし、急にふらりとよろめいて……倒れてしまった。
咄嗟に身体を支えたククールは、突然のことに混乱する。

「何だよ? おい、どうしたエイト。大丈夫か? おい――……。」
どうすればいいのか分からず周囲を見回すが、エイトの他には、兵士の姿は窺えない。
夏期休暇でもとっているのだろうか?

「あー、クソッ! どうすりゃいいんだ――って。待てよ? そういや、今みたいな時期って……。」
ククールの脳裏に、修道院での出来事が過ぎった。
過去の記憶。眉間に皺を寄せた男の顔が浮かぶ。
気難しい顔をした男は、不機嫌な声で何事かについての講釈だか注意事項だかを話していた。
舞台の季節は丁度、今の時と同じくらいな筈だ。
思い出せ、あの時のことを。

『おい、そこの貴様。ちゃんと聞いているのか!?』
違う違う。これは関係ない。
必要なのは、男の話の中身だけだ。
あの話の内容は、確か――……。

「思い出した!」
片手でエイトを支えたククールは、もう片方の手の指をパチンと鳴らした。
「日陰と氷と――んで、後は……水分!」
他者が聞いたら疑問符が浮かびそうな、そんな単語ばかりを並べ立てて叫ぶと、ククールは一先ずエイトを抱え、城の中へと駆けていく。

『これは一刻一秒を争う事態だからな。急げよ。』
背中を押すような声まで聞いた気がして、ククールはつい吹き出してしまった。