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冷たい人の名を呼んで

蒼黒の契約 黄金の誓環 6



たまに夢を見る。
昔の夢だ。しかも、仲間と一緒に旅をしていた頃の。
嫌がらせか、と思う。世界の陰湿な嫌がらせだ。そうとしか思えない。
だから、自分の深層心理がどうとかでは絶対に無い。

――何故なら、夢の全てに必ずククールが出てくるのだから。



◇  ◇  ◇



「なあエイトー。腹減った。今日は肉が食いたいなー俺。」
「おっ、この町カジノあるじゃねぇか! なぁなぁエイト、夕食済んだら行こうぜ!」
「ゼシカと楽しそうに話してたけど、程々にしとけよ? 馬姫サマが嫉妬すんぞ。……あと、俺も。」
何だかんだ言いながら、言い合いながらも、いつも隣に居た気がする。
赤と銀の色彩を身に纏った男。
時には肩を組んで、腕を組んで。更には、手を繋いだりしてきたりもして。
その手を振り払いきれず、振り払えず、結局は渋々といった感じで手を繋ぐことを許していた当時の自分を思い出すと、本当に甘かったのだなと思う。

初めのうちは、単に真面目な人間をからかって楽しんでいるだけなんだろうと考えていた。
何せ相手は、聖職に就いているというのに、酒場でカードゲームに興じる(しかもイカサマで相手の金を巻き上げる)男だ。
――しかし、それは悪ふざけで終わらなかった。

どういう流れでそうなったのか。
たまたま二人で、買い物に行く機会があった。
必要なものも買い揃え、そうして雑談しながら帰路を辿っている途中に、それは突如告げられたのだ。
「俺さ……お前のことが好きなんだ、エイト。」
雑談の最中だった。
効率の良い攻撃の仕方とか、どこの村の宿が安いか、とか。
そういう、本当にどうでもいい話の途中で割って入ってきたそれは、驚かせるには充分過ぎた。
また阿呆な冗談を仕掛けてくるな――と。
笑って受け流そうとした行動は、腕を掴まれ木の幹に押し付けられたところで、冗談じゃないのだと悟らされる。

「逃げるなよ。……意味が分からないわけじゃねぇんだろ?」
見つめる瞳は真剣みを帯びていて、囁く声は熱を宿していて。
どういう答えを望んでいるのか、嫌でも分かって――ウンザリした。
溜息しか出ない。否定すらする気も起こらなかったので、とりあえず相手の隙を突いて拘束から抜け出すと、落ちた荷物を拾いながら言ってやった。

「ふざけてる場合か。ほら、皆が宿で待ってるんだ。とっとと帰るぞ、阿呆。」
そう言って何気なく肩越しから視線を向ければ、酷く傷付いた瞳でこちらを見つめているククールと目が合ってしまい、振り返らなければ良かったと後悔する羽目になった。

ああ、本当にウンザリする。
どうせなら、その想いにどこまでも気づかなければ良かったのに。


◇  ◇  ◇


「何を考えている?」
不意に髪を撫でられる感覚がしたので目を開ければ、こちらを見つめている相手と視線が合った。どうやら背後から抱きついて彼の肩口に顎を乗せてぼうっとしているうちに眠ってしまっていたらしい。……まあ、眠ると言ってもまどろんでいただけだろうが。
軽く目を抑えて眠気を払うと、相手にぎゅうとしがみ付いて言葉を返した。
「……少し、昔のことを思い出していました。」
「感傷に浸っていたのか。」
笑う声を聞く。昔を懐かしんでいるのかとでも訊く調子には、からかうものがあったが、しかしその声音は柔らかく、どこか面白がっている節があった。
そういう笑い方も好きだ。――同じように笑い、答えてみせる。
「いや……唯の思い出です。俺を惑わそうとしてくるような、つまらない過去の。」
マルチェロに抱きつく自分の腕に力を籠めて、宣言する。
「そんな下らないものなど、懐かしんだりしませんよ。」

冷たい人。
この世界の統率者。
恐怖と弾圧で支配する王。
俺の主。
俺の好きな人。
やっと手に入れた。

だから――もう、離さない。

身体の前に回した手が、自然と胸の上を滑って辿り着く先は相手の心臓の上。
そのまま耳を澄ますようにして鼓動を確かめていれば、マルチェロがまるでたった今思い出したのだというような声音で云った。

「ああ、そういえば――トロデーンから、式典への招待状が来ていたぞ。」
懐かしい名前に、知らずハッとする。
それは冷水を浴びせられたような一撃だったが、動揺を押さえ込んで――狼狽えることなどもう何も無いから――普通に、話に応じる。
「そう……、ですか。それは……新年祭か、何かの?」
「何だと思う?」
質問に、質問で返された。
くっくと笑う声に、嘲弄が混じる。こういう時は大抵、意地悪なものが待ち構えているのだ。
沈黙するエイトの手に自分の手を重ねて、マルチェロはその答えを明かした。

「婚約するそうだ。トロデーンの姫君が――ヤツと。」
「……ッ!」
言葉を失う、とはこういうことをいうのだろう。
心音が一気に跳ね上がる。エイトは酷く動揺している自分を自覚しながら、目の前の相手をそっと窺う。
ああ、マルチェロが俺の反応を見ている。
冷静にならないと。何でもないんだと思わないと。
「でも……どう、して……彼女と、アイツとじゃ――」
ミーティアはれっきとした皇族で、ククールはただの聖堂騎士で。
――身分の差がありすぎる。
その二人が結婚するなど不可能ではないのか、という意味を込めた呟きをどうにか吐き出せば、マルチェロは冷静に、淡々と言った。
「改革の一環だろう。いや、革新というべきか? 恐らく、こちらに対する当てつけもあるのだろう。……くくっ。しかし、政略結婚とはな。成程、面白い策を考えたものだ。」
僅かに青褪めたエイトとは対照的に、マルチェロは笑った。おかしくておかしくて仕方が無いらしい。
それはさながら、面白いものを見つけた子供のよう。
これからきっと策を練るのだろう。ゆっくりと、けれど確実に叩き潰す氷の刃を磨き上げるのだ。

――反逆者には容赦しない。
それは、マルチェロの統べる世界の規律。
エイトはマルチェロの胸に凭れかかったまま、目を閉じて呟く。

こういう形で反逆するのか。
姫、貴方が。
ククール、お前が。
こういう形で復讐するのか。
寄りにもよって、こんな――……傷しか残らない方法で。

「――何か良案はあるか、エイト?」
突如投げられた問い掛けに、意識が浮上する。顔を上げれば、そこにはこの世界の王が喜悦に唇を歪めてエイトを見つめていた。
冷たい人。
無慈悲な人。
かつての身内にも手加減などしない恐ろしい人が、エイトの答えを待っている。
――求められている。

晴れる霧。
迷いはすっかり切り捨てられて。
エイトは笑みを浮かべ、首肯と共に答える。

「俺の考えですか? ……ええ。それはもう、たくさん。」
剣が何を迷う?
盾が何を惑う?
俺の主、従うは唯一人。
マルチェロに擦り寄って、彼の従僕は冷ややかな言葉の続きを吐く。

「内部分裂、情報操作、疑心暗鬼と色々ありますけど、どれにしましょう?」
すれば相手が満足げに頷き、優しい手つきでエイトの頭を撫でた。まるで、自分から進んで手伝う子供を褒める親のように。

「お前も容赦が無いな。ああ――そうだ。それで、良い。」
そうして正解した子供は、キスを一つおまけに貰って嬉しそうに微笑んだ。

もっと笑って。
もっと褒めて。
大好きな人。
俺の恋人。

過去は振り返らない。
振り返る事も無い。

彼が統べる世界。俺だけの場所。
邪魔をするというなら、幾らでも潰してやろう。
例えそれが、煌めく過去の思い出であっても。

Idolize