Drago di Isolamento
05. 再考、最高、さあ行こう!
迷子になったら終わりだな。
それが、パルミドという渾沌かつ雑然とした町に対する、俺の第一印象だった。
いやいや、ヤンガスの生まれ故郷なんだから、こんなこと言っちゃダメなんだろうけどさ。
すまん、ヤンガス。でも俺……正直、迷子になりそうで怖いんだよ。
いつの間にかリーダーみたいになってるけどさ、俺ってそんな器じゃ無いんだよ~。
っていうか、むしろククールだろ? こういう役ってさ。
美形で社交的、陽気な剣士とくれば世間が黙って無いって!
――うん、世間って何だとか言わない。
俺も言っててよく分からん!
◇ ◇ ◇
雑踏の中を歩くのは、いつも緊張する。
避けるべき人が多いから。
俺は、常に周囲に気を張って歩くようにしていた。
何せ余所見してたら危ないからな、俺。そして、当然だが、ぶつかったら相手に謝らなくちゃいけないんだけど、俺の場合、それじゃ済まないのだ。
何というか、皆が皆、得体の知れない恐怖を見たような、化け物にでも出くわしたかのような、いや未知との遭遇? 何か違うな――って、こうやって表現を思い浮かべていくと悲しくなってくるが、とにかく、凄い顔をするのだ。
俺をマジマジと見る者、慌てて目を逸らす者、口元を手で覆う者。
それぞれ銘々、色んな反応があるが――最終的には誰もが逃げ去っていくのは同じ。
それも、物凄い勢いで逃げていく。
――これ、結構泣けるよ、ほんと。
俺が謝る前に、逃げていくんだぜ?そんなに強くぶつかったわけでも無いのに、な……。
それはそうと、今も周囲の視線が痛いような気がする。
お、俺、何もしてませんが! ただ歩いてるだけです!
……って。待てよ。
俺はふと、隣にククールが居るのに気づいた。もしかしたら、衆目を引いてるのはこいつなんじゃないか、と思ったのだ。
だってさ、ククールって同性の俺が言うのもなんだが、格好いいし。
見ろよ、この銀髪!
さらさらで、きらきらで! 視界に入る度に思わず触りたくなるんだよな~。くぅ~撫でてみたい!
ま、そんなことをしたら絶縁宣言されそうだが。いや気味悪いって、十字切られて斬られるか。
俺は、無表情でまともな会話も出来ない気味の悪い男なのだ。それをしっかりと自覚しておかないとな!
あ、また視線。気配からすると、今度は斜め後ろの武器屋だな。
そっか~、そうだよな~。皆、ククールに見惚れてるんだよな~。
うんうん、分かる。分かるぞ。へへへ、何か、仲間が人気あるってのは嬉しいなぁ。仲間に入れてもらってる俺としては幸せな気分だ。
――と、俺が一人内心で喜んでいれば(顔には当然出ていないが)、隣のククールがこんなことを言った。
「お前ってさ……ほんと、ドコ行っても注目されてるよな。」
脳内に咲いた花畑が、一気に萎む。
……。
……え。
……俺?
注目されてるのって……俺?
言われて、俺は周囲に視線を走らせる。気配は、そのどれもがククール――ではなく、隣に居る俺へと向けられていた。
俺は少し現実逃避をしていたようだ。反射的なものもあるかもしれない。
現実を突きつきられた俺は、瞬時に消沈した。
……そっか。そうだよ、な……。ああ、本当は分かっていたんだ。”格好いい人間に見惚れてる”っていう表情じゃないってこと。目、潤んでるのとか……泣きそうになっているのって、あれ、恐怖からだよな、うん。そんな気はしてたんだ。
やっぱり、みんなは無表情で暗い俺の姿や態度の薄気味悪さが目障りで、ああやって見てたんだよ、な……。……うう。
「……そう、か。」
やっぱり俺が原因でしたか。……ですよねー。
一気にテンションが下がった俺を見て、薄気味悪さを感じたのだろう、隣に居たククールが息を呑むのが伝わってきた。気まずげに頭を掻くと、視線を逸らして呟く。
「悪い、変なこと言っちまった……。」
慰めのつもりなのか、そんな謝罪を口にするククールに俺は自分が情けなくて無様で泣きそうになった。……が、やはり俺の表情筋はピクリともせず、無表情でそれを受け流してしまう。
ごめんククール! こんな俺なんかの為に気なんか遣わせちゃって、ほんとごめん!
俺の馬鹿! もう貴方なんて知らないから! 絶交よ! 離縁だわ!
◇ ◇ ◇
そうして俺が一人で、謝罪といえば格好良いが実のところ唯の一人心漫才芝居に没頭している間に、気づけば宿屋の一室、ククールと二人きりになってしまっていたわけで。
あ、あれ!? 他の皆は!?
……がーん。なんか置いてきぼり?
そんなぁ……俺、町に着いたら皆と一緒に歩き回ってみたかったのに……。
ちなみに、俺一人だともれなく確実に迷子になりかねんので、同行者は一人以上でお願いします!
こういう複雑な造りになっている町は、苦手なんだよ。そのついでに白状するが、俺はトロデーン城でしょっちゅう迷子になってたくらいだ!……って威張るようなことじゃないんだが。
二人きりになった室内で、俺は手持ち無沙汰なのをどうしようかと考える。
散歩に行きたい。
でもククールしか居ない。
いやククールが居るだけで充分なわけだけど。
……あー……でも。俺、こいつとあんまり仲良くなれてないんだよなぁ……いま思い出したけど。
俺なんかが誘っても、着いて来てくれるかどうか……うう。俺、今日は何も出来ず留守番決定?
落ち込みかける。
――いや、これはチャンスだ。駄目で元々、誘ってみよう!
……。
……。
……。
な、何て切り出そう……。
『一人じゃ迷子になるんで、同行お願いします。』――と?
これじゃあ馬鹿決定だ。多分、ククールも呆れるだろうな。リーダーにあるまじき発言だし。
ああもういっその事、『俺とリーダー交代してくれませんか。そして、この口下手で無愛想な俺を指導してください!そしたら少しはククールみたいに、陽気になれるかもしれませんから!』とか土下座する勢いで頼み込んで――。
いやいや、なんか論旨がずれてるし! 違う違う。
でも、ほんと……どうやって切り出せばいいんだろう。
あー、この口下手振りには自分でも腹が立つ! 俺の馬鹿!
悩んで悩みこんで思考の渦に嵌った俺が、自分自身にすっかり嫌悪して、いっその事もう一人で出かけて迷子になってそのままこの町に骨を残しちゃおうかな――と、そんな迷惑なことを考えていた時だった。
「……なあ、エイト。俺と一緒にさ、町の中を散歩してみないか……?」
――俺はこの時、神の存在を信じた。いや、俺は無神論者だけどさ。調子良い?
あまりの嬉しさに、顔を上げる。そんな俺の表情は、相変わらずの鉄仮面なのだが。
「……散歩?」
散歩してくれるの!? 俺と一緒に!? いいの? 本当に!? こ、後悔しない!?
俺はその瞬間、気分が上空へと舞い上がり(そういう風には当然見えていないのだろうが)、さて町の何処から回ろうかと首を少し傾げて考え始めた。
だが、俺が中々返事をしなかったので、ククールはそこで何を思ったのか、急に「疲れてる、とか他に用事があるんだったら、断ってくれても良いんだぜ」とか言い出してきたので、俺は慌てた。
ま、ままま待ってー!
行かないなんて言ってないよ!? 疲れてなんかないって!
ククールって、もしかしてセッカチさん? ああ、それならそうと仰ってくれれば……!
あわわわ、何でとっとと返事しないんだ俺の馬鹿ーっ!
えーと、えーと……。一緒に散歩したいです、散歩したいです、連れて行って下さい……。
心の中で何回も何回も色んな返事を反芻し、復唱したというのに、けれど俺の口から出た言葉といえば――。
「……わかった。」
――なんて、短い上に高圧めいた物言いで!
俺、ちょっと挨拶の本でも読んで一から勉強し直そうかと思った。本気で。
そんな俺の言い方にカチンと来たのか、ククールが訝しむような目で俺を見ている(気がする。)
ま、まさか、腹が立ったから「散歩は止めだ!」とか言わない、よね? っていうか、言わないで!
止めるの?
……止めないよな?
――止めてくれるなよ!?
「……どうした。行かないのか。」
俺が恐る恐る(そんな風には見えないだろが)訊き返してみると、ククールは大きく首を横に振って、「散歩に行こう!」と勢いよく返答してきたので、逆に俺が戸惑ったほどだ。
いや……嬉しいんだけどさ。お前、首振りすぎ……。
――はっ! ククールの優しさに俺は何という突っ込みを!
いっ、今の無し! 今の無ーーし!
ククールの気が変わらないうちに、散歩だ、散歩!
俺は気を取り直し、慌てて(表面上には全くそう見えないだろうけど)ククールと共に部屋を後にした。
「一人ぼっちじゃない散歩」の為に、俺は頑張るぞ!