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Drago di Isolamento

06. 空見た結果、そらみたことか。



お散歩~。お散歩~。ククールとお散歩~。

――はい。滅茶苦茶浮かれてますよ俺。鉄仮面のままだけど。でも、嬉しいのは本当。
隣に、仲間が居るってことだけで、幸せ。
側に、人が居るという事実だけで、幸せ。
ああ……生きてて良かった……しんみり――って。
いかんいかん。暗くなってたらダメじゃないか。明るいことを考えないと。
俺は、宿を出て直ぐの通りの端で「さて、どっから巡ろうかな~」なんてことを考える。
ああ。そういやこの町って確かカジノがあったよな。あそこに行ってみるか? 何かククール、カードゲームに興味がありそうにしてたし。
でもゼシカが後で聞いたら怒るだろうなぁ……。……。
ごめん、ゼシカ! 今は俺、ククールとの友情を育みたいんだ!
で、でもでも、そんなに無駄遣いしないから! だから、今は少しだけククールの為に散財をすることを許してくれよな――?


◇  ◇  ◇


――なんて。
いつもより無駄に浮かれていたのがいけなかったのか、それとも調子に乗るなという天のお告げなのか、はたまた、お前のような人間は公の場に出るな、歩くな、息をするな、とでも言うのか。
って言い過ぎか?
でも、そんなことすら考えてしまうんだよな――”こんな状態”にもなれば。

と、言うことで。
突然だが、俺はただいま絶賛体調不良中である。
不調、ならどうにか耐えられるのだが、”絶不調”ときたもんだ。これには、幾ら兵士の俺でも参る辛さがあった。
何だろう……人当たりでもしたのかな。それとも、緊張からのストレスか。眩暈がする。うう。それに、気分も悪くなってきた……。
ククールが、俺との散歩に付き合ってくれているのに。……俺の、馬鹿。
あああ、どこかに薬屋は無いだろうか……道具屋でも良いけど……でも、薬草で治るかなぁ……。
きょろきょろと辺りに視線を投げるも、それらしい店は今のところ見受けられない。
そんな俺の情けなさに呆れているのか、それとも不審な行動を訝しんだのか、ククールが眉を顰めて話しかけてきた。

「何だ、どうした?」
囁くような声と、不意打ちの近距離にドキッとする。
いや、な、なんでもない。何でも無いんだ……と思いたい。思わせて。
よし。ここは誤魔化そう!
顔を引き締めて――って、俺はいつも鉄仮面だけどな!
「――何でもない。」
大丈夫、……大丈夫、の筈。
へへ、ほんと、気にしないで。
平気な振りをして見せたものの、上手くいかなったそれは、あっさり看破されることになる。
さすがククール。格好良い人間てのは、洞察力も優れてるんだな。見事!……じゃ、なくて。
このままじゃ、楽しいお散歩が中止になってしまう!
それは嫌だ! ようやく仲間と共に行動できたのに!

「――……本当に、何でも……」
無いから、俺の事なんか気にせずに街中を見て回ろう!
――と、明るく陽気に振舞え……無いけど、さ……。
だめだ……何かもう、そんな想像すら出来なくなって……。

視界が――青褪める……。

途端、がしっと肩を掴まれた……と感じた次の瞬間、あろうことか俺の身体がククールの腕の中にあったものだから心底驚いた。
こんな近距離に他人を入れたのは、初めてかもしれない。いや、誰も自ら好んで俺に近づいてきてくれる人なんか居なかったんだけど、も。
俺は、ククールの突然の行動に狼狽したのだが(勿論、心の中のみでだが)、今は相手を見上げる気力すら無くて無反応で通した。
情けないことに、ぐったり状態。無理をしたら、吐きそう。そんな感じ。
これ以上の迷惑を掛けることを避けたかった俺は、服越しに伝わる他人の体温とはこういう感じか、と思いながら、そのままククールに身を任せることにした。

触れ合うのって結構、良いものなんだな――と、心底思いながら。


◇  ◇  ◇


ククールに促されるように共に歩いて行けば、辿り着いたのは町の一角にある建物の上。
温かい陽光と、凪ぐ風が酷く心地よかった。
屋上みたいなその場所は他に人の姿が無く、対人恐怖症の俺としては開放的な気分になる。
町に着いた時から、ずっと人の視線が気になっていたから丁度いい。
ああ、自然万歳!開放感最高!
こちらに気を遣ってか、俺をその場に残してククールは少し先を歩いている。
颯爽とした後姿が格好いいなあ……なんて感想を抱きながら、俺は体からゆっくりと力を抜いて深呼吸をした。
日差しがとろとろと気持ち良い。
視線の先、その目の前にあるのは仲間の姿。
付き添うように、居てくれる人。

一人じゃ、無い――……。
微温湯のような幸せが俺の身を浸す。不快な気分は何処かへ消し飛んでいて、俺はそっと目を閉じた。
(はぁ……落ち着くー……。)
その心地良い環境に、しばらくうっとりしていた。

――ふっ、と。

ククールの気配が変わったような感じを受けたので、俺は何事かと目を開けた。
すると、びっくりしたような表情でコチラを見ている相手と、目が合った。
敵か? いや、っていうか……。
――俺を、見てる?

人の、視線――……。
――ぅ、うああ……っ。

意識した瞬間、ぶわりと肌が総毛立つ。今更の説明は不要だろうが、俺は酷い対人恐怖症なのだ。ちなみに、視線……凝視なんか、もうそれはそれは泣きたくなるくらい辛い。
仲間(と勝手に思ってるけど、思っちゃって良いんだよな?)にまで好奇な目を向けられているのかと思うと、今すぐこの場から逃げ去ってしまいたいと、そんな恐怖に襲われる。
びしりと硬直しながらも、ククールが何を見ているか(俺じゃありませんように)気になったので、恐る恐るながらも尋ねてみることにした。

「……どう……した、ククール?」
どきどき。どきどき。
嫌な汗が背を伝い落ちる感覚に、顔を顰めそうになる。
くどいようだが、俺の表情・態度・声に、それらが表れてくれることは無い。……まあ、今はそれで良いんだけど。
けれど、ククールは俺以上にガチッと固まったまま、尚も俺を凝視している。
恐ろしいものを見るような目。
気味の悪いものと遭遇したような表情。

……やめて……くれ。
お前まで、そんな……。

そんな目で、俺を見ないでくれ。

俺の動悸が早くなる。
ククールは「何でもない」と言ったが――じりじりと後ろへ身を引いていた。その顔が僅かに紅潮しているのを見て、俺はふと「あれ?」と思った。
恐怖は大概、「青ざめた」顔色になることが多い。だがククールは……「赤」
あれ?もしかすると、ククールも具合が悪いのか?人込みに酔っちゃったのか?
それなのに、俺は俺のことだけで精一杯で、気づいてやれなくて……だから、ククールがこうして俺を見ている――見つめているのは、「リーダーなんだから仲間のことも気づけよ!」という合図――とか?
俺は、思考をそういう方向に変えてみた。
いやむしろ、そうであって欲しい。
そうだよな?なあ、ククール?
俺が、暗くて鬱陶しくて気持ち悪いから見てたとかじゃ……無いよな?無いって言ってくれ!というか、そうであってくれ、本当に!
どきどき。どきどきどき。

……よし。た、確かめてみよう!
俺は、ぐっと息を吸い込むと、意を決してククールの腕を掴んで振り向かせた。
相手がぎくりとするのを肌で感じて怯みそうになったが、それを何とか耐えて。
「ククール……顔が、……赤いが……。」

熱でもあるんだよな!?
と、相手の額に手を触れようとした瞬間だった。

バシッ、と――弾かれた。
そうして続いたのは、怒声。

「離れろ!」と。
吐かれたその言葉は、拒絶以外の何があるだろう。
それは孤独で孤立していた過去を思い出させるものであり、俺は愕然として立ち竦む。

俺は、調子に乗っていたんだと思う。
仲間だと勝手に思い込んで、浮かれて……そして、この様だ。
これは戒めなのだ。身の程を思い知れという、罰。

「エイト――」と、ククールが何か言いかけるのより早く、俺は背を向けて。
「……戻るぞ。」そう言って、先に宿に戻ることにした。

泣きそうだった。いや、多分、表情筋が硬直してるから泣けないんだろうけど。
浮かれ過ぎていたんだ、俺は。
身の程も弁えず、愚かにも――仲間ごっこをしていた。
明日からは、ちゃんと距離を置いて接することにしよう。

……そうだ。俺は、弁えなければいけない。
……俺なんかが、馴れ馴れしくしちゃいけないんだ。
来た道を、とぼとぼと(外見からは、そうは見えないんだろうけど)肩を落としながら帰る。

行きは二人。
けれど――その帰りは、一人きり。隣に居た同行者はいない。
自分の影法師だけを引きつれて帰る俺は、さぞ滑稽に映っただろう。
ほら、神様なんていない。だから俺は無神論者なんだ。