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Drago di Isolamento -side:K-

05B. ガラクタ町の清流



その日は快晴で、清々しい青空が広がっていた。
眩しい青が美しく、白い雲が良く映える。
けれど――次に俺たちが着いた先の町が、どうにも問題だった。

そこは、清潔とは程遠い場所なのだろう。
お世辞にも、良い匂いとはいえない臭気に包まれた町は、いつ崩れ落ちてもおかしくないような歪な形をした建物で構成されていた。そこの住人といえば、これまた何とも言い難い格好をしている人間が大半というのがココの常識であるらしい。
この町――パルミドは、ヤンガスの出身地だった。
まあ、それには大いに納得できる……が。
とにかく、町全体が俺の感性に合わないものであることは瞬時に分かった。

そして、もう一人。
この町に、明らかに似つかわしくない人物がいる。
氷の女神。――そう、エイトのことだ。


◇  ◇  ◇


町に入った瞬間から、人々の視線が一箇所に集中するのが分かった。それらは男女問わず、皆一様に動きを止めると、一斉にある人物へと目を留めるや否や視線で追いかけはじめる。
エイトを捕らえる視線。
否。エイトに”捕らえられる”視線、といった方が正しいか。
ある者は頬を染め、またある者は切なそうな表情でエイトを見ている。まあ、何を考えているのか予想は容易いが……ここで説明するのも何なので、各自の想像に任せる。
……っていうかな。言わすな、俺に。
エイトを眺めたくなる気持ちは分かる。それは良く分かる。
だが、嘗め回されているような視線を受けているエイトを見るのは非常に嫌なものだと、ココに来て実感させられた。
包み隠さない視線というものは、こうも不愉快なものだったか?
つーか、凄ぇ腹立つ。こいつら、頭の中に浮かべた想像でエイトに何してんだ?
おい! そこの武器屋の物陰から見てる奴、ドコに手ぇ当ててんだっ! あと、潤んだ目でエイトを見つめるな! 向こう向け、向こうの壁で一人ヨロシクやってろ!
そうして全くの他人事だというのに一人苛立つ俺を他所に、視線の中心にいる当人といえば――これまた見事なまでに無表情だった。
自分に集まる視線を軽く受け流し、背筋を伸ばした綺麗な姿勢で、雑多な街中を流れるように歩いていく。

――濁流の中を流れる清流。
変な喩えだが、妙にそんな感じがしたのだ。エイトの動作を見たのか、ドコからか「ほぅっ……」と感嘆の溜息が漏れる音を聞いた。
何をやるにしても、こいつは本当に人の視線を引く。しかも、これが無意識な上に無自覚なのだから恐ろしい。
俺は、隣を歩くエイトに向かって言ってやった。

「なあ、エイト。お前ってさ、ほんとドコ行っても注目されてるよな。」
そうして気安く話しかけたのは、もしかすると初めてだったかもしれない。他愛も無い会話だったが、それでもかなりの勇気を必要とする程には緊張した。
また怜悧な一瞥だけが返されるのかと考えていたが、意外な反応が返されることになる。
エイトは、僅かな――そう、それはほんの僅かな――視線を俺に向けると、静かに言った。
「……そうか。」
素っ気無い返答だったが、珍しく応答があった。
但し、それには――「何を下らないことを」と言ったものが含まれていたように思えたが。
俺は、思わず息を飲んだ。
語らずとも伝わる、今までと同じ殺気めいた冷たい雰囲気が俺を刺す。背筋から駆け上がる戦慄のような感覚に、俺は蜘蛛の糸に絡んだ獲物の姿を思い浮かべてしまった。
勿論、その獲物とは俺なのだが――ともかく、俺は失言したのだというのは分かった。

「……その……悪い、変なこと言っちまった……な。悪かった、エイト。」
気づけば、俺は即座に謝罪の言葉を口にしていた。それも卑屈めいた声音を混ぜて。
何だか自分自身がどんどん情け無くなっていくような気がして、俺は溜息を吐いた。


◇  ◇  ◇


(……息が出来ねぇ!)
町の雰囲気とお揃いのような、粗末な宿屋。
その一室で、俺は一人小さく項垂れていた。
ちなみに、今この部屋には二人しか居ない。
ゼシカは馬姫様の様子を見に行くついでに、買い物に。
トロデ王は化け物の姿でも酒が飲めると騒いで、酒場に。
ヤンガスは知り合いの情報屋を尋ねに、何処かに。

――で。
そうやって外出していった人間を引き算していくと、後に残っている人間は……エイト一人になるわけだ。
――そして。
その部屋に、同じように残っているのは俺だけ。
そう、俺は何とも言えない空気の中、唐突に二人きりにされて固まっているのだ。
エイトはエイトで、俺の存在など気にも留めていないのか、小さなテーブルの前で武器の手入れをしている。
俺は、これはエイトともう少し仲良くなる為の試練なのだ、と思うことにした。……そう無理矢理にでも思考を切り替えないことには耐えられなかったのだ。この張り詰めた空気に。

「……なあ、エイト。俺と一緒にさ、町の中を散歩してみないか……?」
何気なくそう声を掛けてみれば、武器の手入れをしていたエイトが顔を上げた。
視線が強くなった気がした――が、それも一瞬のことで、相手は軽く首を傾げて言う。
「……散歩?」
『観光気分か?』――そういう幻聴すら聞こえてきそうな程、冷たい表情だった。
いや無表情だから冷たいも何もあったもんじゃないんだが。
氷の視線から逃れるように、俺は早口で言い継げる。
「あ、いや……疲れてる、とか他に用事があるんだったら、断ってくれても……良いんだぜ?」
バカバカしい、と言われるかと思った。
だが――。

「……わかった。」
あっさりと返ってきた答えに、俺は暫く呆然としてしまった。
(今、「わかった」って言ったか? それって、つまり――肯定、だよな?)
混乱しながらエイトを見つめていると、相手が静かに眉を顰めるのが見えた。
「……どうした。行かないのか。」
『不断な態度をとるな。時間が勿体無い。』……とでも言われているような気がして、慌てて我に返った俺は首を横に振る。
「いやいや、まさか! そうだな、とっとと行こうか、散歩に!」
あー、必死すぎだろ俺。らしくねぇ……というか、格好悪ぃ。
ばたばたと立ち上がってマントを羽織りながら、俺はエイトの支度が終わるのを戸口で待つ。

(しかし、こいつに”散歩”って言葉はどうにも似合わねぇな。)
そんな事を考えながら、俺は女神を連れて外に出た。ガラクタを寄せ集めた町の中へ。