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Drago di Isolamento

08. 置物、のけもの、さてどっち!?



「掟」を決めたあの日から俺は、ククールの目障りにならない!ことを目標に掲げ、粛々とした日々を送っていた。
元々少ない口数を、更に少なく。
動作も、こっそりと密やかに。
気配は言わずもがな、完全に消して。
そうやって、どうにか目立たないよう心がけて旅を続けている。
今のところ失敗はしていない……つもりだ。
それでも、そうやって無関心を装っていても、皆が心配で心配でしょうがなくなってくるわけで。
それが、俺は辛い。
何せ、彼らは初めての仲間なのだ。
しかも俺を怖がらない人たち。(ここがポイント!)

だから俺が本当に無関心を決め込めるわけが無く、これまで戦闘が始まる度に、俺の意識は先ず仲間に向けられていた。
いわゆる”余所見”をしているわけだが、俺としては彼らの無事が最優先なので気にしてられない。
俺自身のことなんて、二の次、三の次だ。
で、そんな姿勢で戦いに臨んでいるから、俺は地味に怪我だらけだったりするけれど、そんなものはツバでも付けとけば治る――というか、俺なんかの為に魔法なんて勿体無いから気合で治すようにしている。
[確かに唾液には幾らかの殺菌効果はあるが、それで怪我が治ったら医者も薬も要らないだろうという理論は、今の女神サマには通用しないようだ。]

ん? いま何か、声が……?
――気のせいか。少し神経過敏になってるのかも。
だいたい最初から俺の作戦名は『自分は放っておいて仲間を優先する』ことであり、それは旅の最初から今も継続中だ。
だから俺は仲間を守る。
大切な仲間の為に、剣を振るう。

例え現在、その仲間の一人に――ククールに、嫌われているのだとしても、だ。


◇  ◇  ◇


そうして今日も、俺は”とある一人”の視界に入らないよう気をつけつつ、戦闘が終わった現在、こそっと仲間たちの状態を窺っていた。
無表情に、黙々と。そんな俺は多分、傍から見たら確実に気味が悪い人物だろう。変質者かもしれないな……うぅ。
でも、大丈夫かなー……俺の視線は、ここで自然と仲間の”とある一人”であり、絶賛嫌われ中の聖堂騎士――ククールへと向けられる。さっき思いっきり前線に出てたから、心配だったのだ。
まあ、神殿騎士という職業なせいか、回復魔法を覚えてるから大丈夫そうだけども、俺としてはククールは回復だけじゃなく補助も魔法も剣も扱えるので、回復だけに気をとらせたくないというのが本音なのだ。
ホイミとかそういう小魔法は俺も覚えてるから、出来れば回復させて欲しい。
傷を見せて欲しい。それで、良ければ手当てしてやりたい。

でも……怖くて、近づけなかった。

『離れろっ!』

記憶に刻み込まれた光景。いまだ耳の奥に残っているあの怒声。
またあんな風に拒絶されたら、俺はきっともう立ち直れない。
ククールは……彼らは、ついに出来た俺の仲間なのだ。

俺と普通に接してくれる、大切な”仲間”――もうそれで、充分じゃないか。
俺は踏み出しかけた足を引くと、彼らの邪魔にならないよう、目障りにならないよう、ゆっくりと下がって輪の外へいることに決めた。
俺みたいな人間は、皆から離れていた方が良いのだ。そのほうが彼らもずっと楽に居られるのだ。
――孤独の運命の、再来。
独りは悲しいけど、これ以上嫌われることを考えると……この方が良いんだ。ずっと。
距離も、ずっとこのままで――ああ、節度を保って、きっちり線を引いておこう。
そうした方が、きっと、皆の為にもなる。

これは、直ぐに勘違いしてしまう馬鹿な俺に対しての戒めだ。


◇  ◇  ◇


少し開けた場所に出たので、そこで一旦休憩をとることになった。
歩きにくい獣道だったから、みんなきっと疲れていたんだろうと思う。丁度俺も息が乱れかけていたので、何気なく――さりげなく提案してみたら、あっさり意見が通ったので驚いたくらいだ。

「リーダーのくせにだらしない!」
とか言われると思った俺は(いや、みんな良い人たちだからそんなことは言わないんだけど)、その提案が受け入れられて嬉しかった。どうせ無表情だから喜びは顔に出てないんだけど、とにかくそれだけでも嬉しかったのだ。
皆は草の上でも気にせず地面に座り込むと、そこに地図を広げて、話し合いを始めた。

ヤンガスとトロデ王が、気難しい顔をして話し込んでいる。
目的地のこととかについて話してるのかな。
その隣では、何か言ったククールに、ゼシカが打つ真似をしていた。
やっぱり美男美女の光景っていいなぁ、としみじみする。

……楽しそうだな、と思った。

あの輪の中に入ってみたかった。
でも俺みたいな暗いやつが参加したら、楽しげな談笑はきっと葬式みたいになるだろう。
それに俺は上手く話せないし、彼らみたいにあんな風に――笑うことが、出来ない。

嫌われるのが、とにかく怖い。

輪の中に踏み出す勇気が出ないまま、会話にすら参加できない。
そんな役立たずの俺としては、こうして辺りを警戒することが精一杯の行動だった。
もっとも、この辺りは俺が先回りして大丈夫だと判明している地域なんだけど、万が一、ということもある。
ちらり、と横目で皆が居るほうを見た。
ヤンガスが、ゼシカが、笑っている。
トロデ王も、ミーティア姫も。
……ククールも。
俺が側に居ないほうがずっとずっと楽しそうだった。
パルミドでは、やっぱり無理をしていたんだな。
俺と出掛けないほうが良かったんだ。皆と出掛けたかったんだ、きっと。

そのまま彼らを見ていると泣きそうになったので(いやどうせ涙は出ないんだけど)、俺は彼らから目を逸らすと、視線を地面に落とした。
そうしてそのまま考え込んでいる振りをしていると、不意に何か引っかかるものを覚えた。
もう一度顔を上げて、幸せそうな彼ら――ではなく、彼らが広げた地面の地図を見る。

やはり、違和感。
目を凝らして地図に意識を集中させると、ようやく判明した。
ここからだと距離があって見えにくいが、森の形や山岳の位置が少し違う。確認の為にざっと辺りを見回し、それが俺の気のせいでないことを確信した。
……もしかして、あの地図は古いのか?トロデーンから持ってきたものだったが、そういえばあれはだいぶ前からあったので、更新…とか、確認していないような…。

――ヤバイ。ヤバすぎる。
このままあの地図通りに旅をしていれば、いつかきっと迷子になってしまうかもしれない可能性がある。いや大アリだ。オオアリクイ!――あああ混乱して訳の分からないことを!
待てよ。
それ以前に、これまでにも多くの無駄な遠回りをさせていたんじゃないのか?
歩きにくい獣道だって、実は通りやすいのがあったとか?

(――何で気づかなかったんだよ!)
仲間を疲労させてたのは、俺か。情けなくて、拳を握り締める。
ちゃぶ台をひっくり返したいところだが、そんなものは無い。
俺は急いで、地図が売っている場所はどこだっただろうかと思考をフル回転させて考えた。
トラペッタの露店で見かけたことがあるが、ここはアスカンタ領。……駄目だ、遠すぎる。
勿論俺一人だから距離はどうでもいいが、あまり時間を掛けると、何をやってるんだと嫌われかねない。
俺のバカ!
夜寝る前に、いつも道具の確認はしてたのに!
リーダー失格すぎてどうしようもない。ああ、ククール代わってくれないかなあ…。

いやそれは後にしよう。
地図だよ、地図。
うーん……もう一箇所、どこかで見たような気がするんだけどなあー……どこだっけ……最近とは言わないけど、ほんと、ちょっと前に……――。

――思い出した!

(マイエラだ! マイエラの――)
マルチェロが居た、執務室。
あの壁に大きくドーンと貼ってたやつが、確か世界地図だった! それも紙質からして、最新版の高級品!

(……マイエラなら、ここからそう遠くないよな。)
川沿いにダーッと行って、ダーッと進んで、ドニを抜けてダーッと。
俺は、俺の所持金を確かめる(これは仲間用のとは別の、俺のへそくりだ)……えーと……ひい、ふう、みい……五千と、少しか。
俺は悩む。これでマルチェロはあの地図を売ってくれるだろうか?断られたら写生しなきゃならないけど、それくらいどうってことはない。
それは仕事で慣れてる事だし、それに――みんなに迷惑を掛けるのは、もうたくさんだ。

俺は、オレンジ色に染まりだした空を見上げる。
少し雲が出ているけれど、雨は夜からだろうという雰囲気がする。
うん、ダッシュで行けばどうにかなるな。

皆のほうを見ると、まだ楽しそうに話をしていた。
が、ククールの姿が見えない。
あれ? 席を外しているのか?
まあいいや、と思いながら、会話を中断させるのは気が引けたけど、勇気を出して俺は彼らに声を掛けた。
顔を上げたゼシカに、「これからちょっと出掛けてくる」と伝言。その際に、特に彼女が怯えたりする様子は無かったから、俺は上手く話せたんだと思う。
理由は、特に聞かれなかった。
それが少し嬉しくて、でも、何だか「お前なんかどうでもいい」といわれているような気がして、ちょっとだけ泣きそうになった。
我ながら面倒くさい性格をしているなと思う。
だが、しつこいようだが涙なんか出ないし、無表情のまんまなので、俺は地図のことだけを考えるようにして、一人、獣道を走っていく。

これなら皆も、喜ぶ。
ゼシカもヤンガスも、王も姫も。
そうだ。ククールだって、きっと……!