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Drago di Isolamento -side:K-

08B. 途切れた線の上で



女神が、俺を見てくれなくなった。
俺の居る背後を、省みてくれなくなった。
一瞥すらも無いそれは、ほとんど無視に近い接し方。だが、辛うじて気配だけは微かながらもコチラに向けられているので、完全に見放された訳ではないのだろう。
それだけで俺は酷く安堵したが、無視されている、という状況は変わっていない。一時凌ぎの安息などは、何の慰めにもなっちゃくれないのだ。
それに、今回の原因の大体は俺にあるものだから、コチラから強くは言えないし、注意すら出来やしない。

やっと微笑を見せてくれた氷の女神――エイト。
差し伸べられた手を打ち払ったのは、俺。
向けられた眼差しから眼を逸らしたのは、俺。
更に、その心までをも砕いてしまったのは、俺。

……最悪だった。


◇  ◇  ◇


道の端に馬車を止めて、ひと休憩することになった。
その時の仲間たちの喜びよう。歩いてきたのが街道ではなくガタガタの獣道だったから、みんな疲れていたんだろう。
ガキの遠足かよ――と、いつもならジョークの一つでも言うところ。
だが実際は、俺もクタクタになりかけていたので助かったってのが真実だった。

もっとも、たった一人だけ涼しい顔をしていた奴がいる。
――休憩を提案したのはその涼人、エイトだった。
仲間たちが行儀も構わず地面に座り込む中で、エイトだけはそうせず、汗一つ掻いていない様子で水などを配り歩いた。その姿には、余裕すら見えるほど。
その際、俺にも水をくれたが、その時すらエイトは俺を見なかった。無言で水の入った入れ物を渡すなり、用事は済んだとさっさと馬車のほうへと歩いていく後姿には、冷ややかな気配だけが立ち込めていて。

その身に纏わりつかせた空気が表していたのは「拒絶」一つきり。
引き止めようとした俺の言葉は当然ながら詰まり、結局、水と共に飲み込む羽目になった。

許される機会はいつ来るのだろうと溜息を吐く俺を余所に、仲間たちは立ち止まりついでだと、次は何処へ向かうのかという話し合いをし始めた。
地面に地図を広げ、その周りに輪になって各自意見を述べ立てていく。
川沿いに行くか、山沿いに行くか。
今日はどの辺りまで進むのか。
天候は、疲労は、宿の心配は。
みんなでワイワイ話し合っているその輪の中に、アイツは居ない。
顔を上げれば、一人ぽつんと皆から離れた場所――馬車の荷台にもたれ掛り、周囲に目を向けている姿を見つけた。
馬姫ですらも今は綱を放されて草を食んでいるというのに、エイトだけはそこに独りで佇んでいる。その態度は高潔そのものだったが「馴れ合いは好きじゃない」とでもいうような感じがするのは俺だけか?

なに気取ってんだよ。
――そんなことを言えた義理じゃないが、俺は苛立ってしまう。
……勝手な奴だな、俺は。距離をとるようにさせているのは……そうさせたのは、誰だってんだ。

お前だろ、この……馬鹿ククール。

「ちょっと! そんなところでボーっとしてないで、貴方もこっちに来て話しに参加しなさいよ。」
自己嫌悪でイライラしていた俺を、不意にゼシカが呼んだ。
何で俺なんだよ!? エイトは――と、背後を一瞥すれば、氷の女神の姿が無い。

「……エイト?」
ざっと周囲を見回せば、馬車が陰になる方角にエイトの姿を見つけた。一人背を向けてスタスタと歩いていくその道は、進むのではなく戻る岐路だった気がする。
誰も気づいていないのか、それとも既に誰かに報告はしているのか。
アイツを呼び止める者は誰も居ない。
背後では、尚も俺を呼びかけてくるゼシカの声。

仲間か、アイツか。
そんなもの――決まってる。

「悪い、ゼシカ。俺、ちょっと買出しに行って来るわ!」
「えっ? あ、ちょっと!」
「今日中には戻るって。――じゃあな!」
駆け出す俺の後ろでまだゼシカが何か叫んでいたようだが、今は大した事じゃない。
俺の目にはエイト、アイツだけ。

(リーダーが一人でドコ行くんだよ、馬鹿野郎!)
俺は何で怒っているのか分からないまま、アイツの後を追う。
声を掛ける勇気も無いくせに、こそこそと。
卑怯者め、と自分自身に悪態をつきながら、後を追う。
途中で見つかるか、それとも気取られずに追いつくか。
さてその時にはどんな言い訳をしようか、と考える間にも、相手はどんどん先に行っていたので、とにかく急いだ。